Happy Xmas

 

さぁクリスマスだ
この一年何をしたの?
もうこの年も終り
新しい年が今始まったのさ
だからクリスマス
楽しんでほしいんだ
近しい人や親しい人、
お年寄りも、若い人も

そうジョンレノンは高らかに歌ったけれど、今年もサンタクロースは多くの人に恐怖を虚無を欺瞞を、プレゼント代わりに置いていきました。

今夜の話をしようと思います。

 

 

 

もしかすると、生まれて初めての一人ぼっちのクリスマス。記念すべきその日を迎え、私は実際その虚しさや哀しさや気楽さを、それなりに楽しんでいました。せっかくなのだから、その虚しさや哀しさや気楽さを心ゆくまで堪能したい!と思いついた私は

一人ぼっちでケーキを食べよう!

そう心に決め、大学の講義が終わるとすぐに、振り込まれたばかりのお給料でフトコロを暖めながら、夜を照らす12月25日の街にいそいそと繰り出したのでした。

腕を組み幸せそうに微笑みながら歩くカップルをスイスイ追い抜きます。街灯ごとに括り付けられた「merry Xmas‼︎」の小さな旗が楽しげに揺れています。普段ははお年寄りの暴走自転車が走り抜けるだけの小さな商店街ですら、なんだか浮かれて見えます。アーケードを抜けると、雪国であった。

いいえ、雪国かと見紛うほどに白く冷たく輝く、どこまでも空っぽのショーケースが、目の前には広がっていました。

 

スーパー、セブンイレブンデイリーヤマザキ成城石井、向かいのホーム、路地裏の窓……それらのどこにも、私が探していたような、大学5年の後期の冬休みにもなって一日中受けねばならない授業中ずっと、心の支えに夢見ていたような、あの、ピーチやキウイなどの季節外れの果物がスポンジの間に挟まった、小さな丸い生クリームケーキの上に、イチゴが数個お行儀良く並んでいて、砂糖菓子のサンタさんがニコニコ立っている……そんなケーキは、街のどこにも、もう見当たりませんでした。

…昨日の朝には確かにあった、4種類のケーキを2個ずつ並べて一個の大きなケーキみたいになってるあの箱は?!

所狭しと敷き詰められ、もはや積み重ねられていた二人用のショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、モンブランは?

去年までは名前すら知らなかったくせに今年は12月になった途端ゴリゴリと推してきた、シュナントカは……?(シュトーレン

 

私のように売れ残りのケーキを期待してか、足早にショーケースを覗き込み立ち尽くした就活スーツ姿の女の子の落胆を背中に感じながら、無塩バターと生クリームばかりがやたらと売れ残ったスーパーを出ました。

セブンイレブンには、普段から並んでいる小さなケーキやパフェ類すらなく、クリスマスのご馳走に食傷した日本人の舌を癒すためなのか、わらび餅やみたらし団子などの和菓子がズラリと並び、それを外国人観光客が嬉しそうに端から全部買っていました。

 

その後、私がこの街で一番美味しいと思っているパン屋にも寄ってみたのですが、そこで目の当たりにした凄惨な光景(ツイッター参照)

 

(しかもその店の子と思われる男子小学生は忙しく品出しもしていたのだけれど、どうやら上に何も乗っていないケーキを間違えて並べて売ってしまったらしく、お店の裏でお婆さんに怒られていた。さらに悪いことに、間違えて売ってしまったケーキはもう売り切れてしまったチョコレートケーキだったらしく、お婆さんはその男子小学生へのご褒美としてあげる予定だった、他のより大きくて豪華なチョコレートケーキと交換するつもりのようであった。男子小学生は言葉もなく項垂れ、外に一人残されたサンタ帽の女子大生が心配そうに、時々中を覗いていた。)

に、もう今世紀最大級の心的被害を受けてしまったのでした。

 

もう、ダメだ。クリスマスなどという世界の冬を牛耳る化け物を姑息にもなんとかエンジョイしようとした私が愚かだったんだ。サンタの服は血の色だと昔から言うではないか。あの赤は私の血だったのだ。私と、就活スーツ姿の女の子と、男子小学生の。帰ろう。春雨スープとから揚げ棒を買って、研究室に戻ろう……。

そう心に言い聞かせながら、ヨロヨロと歩いていたその時、シャッフルからイヤホンを伝わってきたのが、冒頭の、超有名なクリスマスソングだったのでした。

So This is Xmas 
And what have you done?
another year over
And a new one just begun 
And so this is Xmas 
I hope you have fun 
The near and the dear one 
The old and the young 

 

そして、私の視界に、懐かしさをもって飛び込んできた、あのケーキ屋があったのです。

今から約5年前、小雨そぼ降る冬の終わり、歴史の教科書でしか知りえないこの西の地に18歳の私が降り立った理由は他でもない、大学受験でした。前日の母はとても優しく、緊張で食欲のない私を元気づけようと、田舎では考えられない値段のケーキをよりどり5つも買ってくれたのでした。

この、今目の前にある小さなケーキ屋で。

 

ビジネスホテルの小さな部屋でベッドに腰かけ、一つずつ母と分け合って食べたっけ。次の日英語の試験を受けながら、この世のものとは思えない腹痛に襲われて、途中退室したっけ。あの時、この大学の便器に腰掛けるのも、これが最初で最後かと泣きながら用を足したっけ。

さっき学校を出る時に寄ってきたトイレがその時のトイレだとは、人生とは不思議なものです。

 

様々な思い出を抱えながら約5年ぶりに眺めたお店、耳の奥にはジョンレノンの歌声が流れ、私は今しがた殲滅させられた自分の欲望が、ムクムクとまた起き上がってくるのを感じました。

A very Merry Xmas 
And a happy New Year 
Let's hope it's a good one without any fear 

 

ケーキを食べたい!!

思わずタッとお店に駆け込みました。キラキラと美しい、様々なケーキが、私を見上げています。お給料を手に入れ、少々気が大きくなっていた私は、その中でも特にクリームが乗っていそうなケーキと、特にフルーツをどっさり使っていそうなタルトに狙いを定めて店員さんを待ちましたが、いつまで経ってもこちらに来てはくれません。

そこには、先客がいたのでした。

 

私はツイッターでこそ舌鋒を誰彼構わず振り回してしまいますが、普段は特定の人様を悪く言うことを、あまりよしとしていません。しかし今日はクリスマス。厄払いとして、言わせていただきます。

先客は、(私が大嫌いな)私よりも背が低く、(私が大嫌いな)テロテロの黒のダウンジャケットに身を包み、(私が大嫌いな)サイズの合っていない少しダボついたデニムを穿いた、(私が大嫌いな)天然パーマの(私が大嫌いな)大学生と思われる(私が大嫌いな)男性でした。

彼は、長いこと、それはもう長いこと悩み、(私が大嫌いな)モノグラムの財布の中身を確認してはまた悩み、そして、とても幸せそうな顔で、ケーキを2つ、注文しました。

両方とも、私が狙いをつけたケーキより、50円も安いやつでした。

 

 

女の子に買ってあげるんでしょ?!

なんでそこでケチるの?!

なんでそこでケチるの?!

お前なんかと今日を過ごしてくれる女の子に、なんでそこでケチるの?!

 

ホールケーキも売ってるのに。見も知らぬどこぞの女の子は、街の小さなケーキ屋で閉店間際に買われた350円の、小さな正方形のケーキの代わりに部屋を掃除し、手作り料理を振る舞い、夜は身体を捧げるのか……350円の天パに。

私はとてもとても悲しくなりました。でもよく考えたら、この天パは少なくとも今からどこぞの女の子と過ごすのです。今この瞬間私は、コイツより確実に惨めなのです。

それを緩みきっただらしねぇ顔で退店していくコイツや店員の可愛いお姉さんに悟られまいと必死に、私も心底幸せそうな表情で、さも仕事が忙しくてなかなか会えない彼が今宵は家に来てくれることになったので、慌てて買いに来たんですぅオーラを精一杯出しながら、お目当てのケーキを買いました。ついでに、彼のケーキに乗せてあげるつもりなんですぅオーラを追加で放出しながら、サンタさんの砂糖菓子も1つ、買いました。全部で、960円でした。

 

やっと買えた。やっと買えた。私の、私のクリスマスだ。

 

960円で手に入れた、私だけのクリスマス。一人ぼっちのクリスマスもいいもんだ。だけど今年だけで十分だな。そんな時代もあったねといつか話せる日がくるわ。あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ。

小さな箱を受け取り、宙に浮いたような足取りで店を出る私の顔は、おそらく完全に緩みきっていたことでしょう。

 

その顔のまま、店に入ろうか逡巡していた様子の疲れたOLと目が合いました。彼女は私をキッと睨めつけ、足取り荒く、去って行きました。

 

 

 

 

悲しみは、伝播に伝播を重ね、この街を生暖かく包んでいくようでした。

War is over, if you want it 
War is over, now 

戦争は終わる。それを望みさえすれば。

戦争は今、終わるんだ。

 

 

 

大学への帰り道、来る時には気がつかなかった商店街の入り口に下がる横断幕には「ようこそ、高校ラグビー部の皆さん 行こう!夢の花園へ!」と書いてありました。

 

一年で一度のクリスマスは、こうして終わりました。

皆さんは、どんなクリスマスでしたか。

 

 

 

いつか見たような風景だなぁと思いながら、私は今、この世のものとは思えない腹痛に襲われ、学校の便器に腰掛けて、クリスマスが静かに去る音を聴いています。

お疲れ様でした。おやすみなさい、皆さん。

 

Happy Xmas